東樹院多聞寺

東樹院多聞寺は、住吉稲毛本荘の宮内の北方の守りとする五郎社明神天神宮と八幡宮の数多の神の別当寺でありました。室町時代後期の長禄二年(一四五八)この地の豪族・石井源左衛門がある時、毘沙門天の社を発見、その地を霊地と定め、お堂を再建して一族の墳地にしたのが始まりとされる。その後、寛永年間(一六二四〜四三)に義範和尚の弟子・近江法印尊義和尚が、この地にある石井氏の墓地に堂宇を建立し、不動明王を奉安したと伝わる。常に手を加えられて綺麗な状態を保ち続けている境内には、毘沙門天を祀るお堂と傍にある石造の毘沙門天像が参拝者を迎えてくれる。山門左脇には木造子育太子地蔵である「のびのび地蔵尊」が鎮座し、右境内には諸国説法の姿の弘法大師像、その奥には墓所が広がる。また郷土史跡の川崎七福神・毘沙門天を祀っている他、四国八十八ヶ所霊場を模した多摩川流域の寺院を辿るお遍路、玉川八十八ヶ所霊場第二十七番札所でもあり、今も多くの巡拝者が訪れる。
永代供養付き個別墓

お墓の管理や供養をお寺に全てお任せできる永代供養墓。後継者がいないのでお墓を持てないと思っている方に最適です。永代供養と一般のお墓の良さを合わせもつ、永代供養付き個別墓。家族やご夫婦で入る事が出来、お参りや法要なども一般のお墓と同じように出来ます。

永代にわたり、
当寺が責任を持って
供養いたします。